Scene 15 · Notes

解説 場面 15「仮面の大男」

この場面の解説

入ってきたのは身の丈二メートル近い大男で、英国なら悪趣味に見えるほど豪華な異国風の装いだった。顔の上半分は黒い仮面で隠され、見える口元とあごからは強い意志がうかがえる。

表現・文法のポイント

could hardly have been less than six feet six inches
「六フィート六インチを下回ることはまずなかっただろう」で、実質は「少なくともそれくらいはある」。could have been は過去についての推量。6フィート6インチは約198センチで、当時なら際立つ大男だ。
rich with a richness which would
rich を名詞 richness で言い直し、「豪華は豪華でも、~と見なされるたぐいの豪華さ」と限定する言い方。would は「(イギリスでなら)そう見られるだろう」という仮定的な推量を表している。
akin to bad taste
akin to ~ は「~に似た、~に近い」という硬い表現。悪趣味そのものではなく「悪趣味すれすれ」と言っていて、控えめを好む英国人の美意識から見た評価である。
resolution pushed to the length of obstinacy
「頑固と言えるところまで押し進められた決断力」。push A to the length of B で「A を B の程度まで推し進める」。長所の意志の強さが、行き過ぎて短所の頑固さになっている人物像を表す。

背景・時代

アストラカン
中央アジアなどで飼われるカラクール種の子羊の、細かく巻いた黒い毛皮。ロシアの都市アストラハンにちなむ名である。袖や前身頃に毛皮の帯を渡すような装いは、英国人の目には派手な異国風に映った。
ヴィザード・マスク
vizard は visor(面頬)の古い形で、顔を隠す仮面のこと。顔の上半分を覆う黒い仮面は仮面舞踏会でも使われた。素性を隠したい人物だということが、ひと目で伝わる。

全文の対訳

A man entered who could hardly have been less than six feet six inches in height, with the chest and limbs of a Hercules. His dress was rich with a richness which would, in England, be looked upon as akin to bad taste. Heavy bands of astrakhan were slashed across the sleeves and fronts of his double-breasted coat, while the deep blue cloak which was thrown over his shoulders was lined with flame-coloured silk and secured at the neck with a brooch which consisted of a single flaming beryl. Boots which extended halfway up his calves, and which were trimmed at the tops with rich brown fur, completed the impression of barbaric opulence which was suggested by his whole appearance. He carried a broad-brimmed hat in his hand, while he wore across the upper part of his face, extending down past the cheekbones, a black vizard mask, which he had apparently adjusted that very moment, for his hand was still raised to it as he entered. From the lower part of the face he appeared to be a man of strong character, with a thick, hanging lip, and a long, straight chin suggestive of resolution pushed to the length of obstinacy.

入ってきたのは、身の丈が六フィート六インチを下らないと思われる男で、ヘラクレスのような胸と手足をしていた。服装は豪華だったが、その豪華さは、イギリスでなら悪趣味に近いと見なされるたぐいのものだった。ダブルの上着の袖と前身ごろには、厚いアストラカンの毛皮の帯が斜めに渡され、肩に掛けた深い青のマントは炎の色の絹で裏打ちされて、首もとを燃えるような緑柱石ひと粒のブローチで留めてあった。ふくらはぎの半ばまで届き、上の縁を上等な茶色の毛皮で飾った長靴が、全身から漂う野蛮なまでの豪奢さの印象を仕上げていた。手にはつばの広い帽子を持ち、顔の上半分には頬骨の下まで届く黒い仮面を着けていた。入ってくるときもまだ手を仮面に添えていたから、ちょうどその瞬間に着け直したらしい。顔の下半分から見るかぎり、意志の強い男のようだった。厚く垂れた唇と、長くまっすぐなあごは、頑固と言えるほどの決断力をうかがわせた。

難易度の高い単語 (☆ で覚えたい単語に入れる)

  • akin(アキン)… 似ている。akin to で「〜に近い」難
  • astrakhan(アストラカン)… アストラカン(子羊の巻き毛の毛皮)難
  • double-breasted(ダブルブレスティッド)… (上着が)ダブルの・両前の難
  • brooch(ブロウチ)… ブローチ・留め飾り難
  • beryl(ベリル)… 緑柱石(ベリル・宝石の一種)難
  • barbaric(バーバリック)… 野蛮な・粗野で派手な難
  • opulence(オピュレンス)… 豪華さ・富裕難
  • broad-brimmed(ブロードブリムド)… つばの広い難
  • vizard(ヴィザード)… 仮面・覆面(古語)難
  • obstinacy(オブスティナスィ)… 頑固さ・強情難

次の場面:伯爵の名乗り The Count's Name

仮面の大男は、低くしわがれた声と強いドイツなまりで、手紙は届いたかと尋ねる。ホームズはワトソンを友人で協力者だと紹介し、相手の名を問う。男はボヘミアの貴族フォン・クラム伯爵と名乗り、きわめて重大な用件なので、この友人が信用できないなら二人きりで話したいと言う。