第 1 章(I)仮面の依頼人A Scandal in Bohemia

1888年3月の夜、結婚して下宿を出たワトソンは、久しぶりにベイカー街のホームズを訪ねる。ホームズは一目でワトソンの近況を言い当て、差出人のない一通の手紙を見せる。今夜、仮面をつけた客が来るという。その客の正体と、彼が取り戻したいものとは。

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  1. 01あの女性 The Woman語り手はホームズの相棒、医師のワトソン。感情を嫌い、推理の機械のようなホームズにも、ただ一人特別な女性がいた。アイリーン・アドラー。物語は、ワトソンが彼女について語るところから始まる。
  2. 02離れていた二人 Drifted Apartワトソンは結婚して、ホームズと暮らしたベイカー街の下宿を出た。新しい家庭に夢中のワトソンと、下宿に残って古い本とコカインと難事件に明け暮れるホームズ。二人はしばらく顔を合わせていない。
  3. 03ベイカー街の窓 The Window in Baker Street1888年3月20日の夜。往診帰りのワトソンが、懐かしいベイカー街の下宿の前を通りかかる。見上げた窓のブラインドに、部屋を歩き回る背の高い影が映っていた。
  4. 04再会 Reunion久しぶりに部屋へ上がったワトソン。ホームズは言葉少なに迎え、暖炉の前に立ってワトソンをじっと眺める。そして、まだ何も聞いていないのに、ワトソンの近況を言い当てはじめる。
  5. 05見て推理する I See, I Deduceワトソンの近況を次々に言い当てるホームズ。最近ずぶ濡れになったこと、さらに不器用でそそっかしい女中がいることまで指摘され、ワトソンは驚きを隠せない。服はとうに着替えているのに、なぜ分かるのか。問い詰められたホームズは、長い両手をこすり合わせてひとり笑う。
  6. 06靴の傷 The Scored Shoeホームズは種明かしをする。暖炉の光に照らされたワトソンの左の靴には、泥をこすり落とそうとしてできた六本の傷がある。そこから悪天候の中の外出と、雑な女中の存在が分かるという。さらに薬品のにおい、指の染み、帽子のふくらみから、医者の仕事に戻ったことも見抜いていた。
  7. 07見ると観察 Seeing and Observing種明かしを聞けば馬鹿ばかしいほど簡単に思えるのに、自分では少しも見抜けない。目のよさは負けないはずだと言うワトソンに、ホームズは「きみは見てはいるが、観察してはいない」と答える。そして、玄関からこの部屋へ上がる階段は何段あるかと問いかける。
  8. 08桃色の手紙 The Pink Noteホームズは、階段が十七段あることを知っていると言う。見るだけでなく観察しているからだ。そして、ささやかな事件を記録してくれるワトソンなら興味を持つだろうと、最終便で届いた厚手の桃色の便箋を放ってよこし、読み上げるよう頼む。手紙には日付も署名も住所もない。
  9. 09謎の予告 A Mysterious Noteワトソンが読み上げた手紙は、今夜八時十五分前に紳士が相談に訪れると告げ、訪問者が仮面をつけていても気を悪くしないでほしいと結ばれていた。何を意味するのかと尋ねるワトソンに、ホームズは材料のないうちに理屈を立てるのは誤りだと答え、手紙そのものから推理してみるよう促す。
  10. 10透かし模様 The Watermarkワトソンはホームズにならって推理を試みる。高価で妙に丈夫な紙だから、書き手は裕福なのだろう。ホームズは「妙に」という言葉こそ要点だと応じ、イギリスの紙ではないと言って明かりにかざさせる。すると紙の地に、いくつかの文字が織り込まれていた。ワトソンは製造元の名か頭文字だと考える。
  11. 11地名辞典 The Gazetteer透かしの文字は製造元の名ではない、とホームズは言う。小さなtのついたGはドイツ語の「会社」、Pは「紙」の略だ。残るEgを確かめるため、彼は棚から大陸地名辞典を取り出し、ボヘミアの町エグリアを探し当てる。ガラス工場と製紙工場で知られる町だ。ワトソンは紙の出どころに気づく。
  12. 12ドイツ人の手紙 A German Handホームズは手紙の妙な語順から、書き手がドイツ人だと断定する。動詞をあれほどぞんざいに扱うのはドイツ人だけだという。残る謎は、ボヘミアの紙に手紙を書き、顔を見せるより仮面を選ぶこの人物が何を望んでいるのかだ。そのとき表で馬車の止まる音がし、呼び鈴が鋭く鳴る。
  13. 13二頭立ての馬車 A Pair of Horses謎の手紙の主が来るはずの時刻、表に馬車の止まる音がする。ホームズは蹄の音と窓越しの眺めだけで、上等な箱馬車と高価な二頭の馬を見て取り、この依頼は少なくとも金にはなると言う。気をきかせて席を外そうとするワトソンを、ホームズは引き止める。
  14. 14重い足音 A Heavy Step遠慮して帰ろうとするワトソンを、ホームズは、きみの助けが要るかもしれないし依頼人もそうかもしれないと引き止め、肘掛け椅子に座らせる。やがて階段から廊下へと上ってきたゆっくりと重い足音が戸口の前で止まり、威厳のあるノックが響く。ホームズは客を招き入れる。
  15. 15仮面の大男 The Masked Giant部屋に入ってきたのは、身の丈六フィート六インチはありそうな大男だ。アストラカンの毛皮を渡した上着、炎の色の絹で裏打ちした深い青のマント、毛皮で縁取った長靴と、英国なら悪趣味に見えるほど豪華な装いである。しかも顔の上半分を黒い仮面で隠している。
  16. 16伯爵の名乗り The Count's Name仮面の大男は、低くしわがれた声と強いドイツなまりで、手紙は届いたかと尋ねる。ホームズはワトソンを友人で協力者だと紹介し、相手の名を問う。男はボヘミアの貴族フォン・クラム伯爵と名乗り、きわめて重大な用件なので、この友人が信用できないなら二人きりで話したいと言う。
  17. 17秘密の誓い A Vow of Secrecy席を立とうとするワトソンを、ホームズは手首をつかんで椅子に引き戻し、話すなら二人そろって聞くと言い切る。伯爵は二人に二年間の絶対の秘密を誓わせ、事はヨーロッパの歴史を左右しかねないと打ち明ける。さらに仮面の非礼をわび、名乗った称号は本当は自分のものではないと認める。
  18. 18ボヘミア王家 The House of Ormstein伯爵は、事が大きな醜聞に育てばヨーロッパのある君主家が深く傷つくと語り、ボヘミアの世襲の王家オルムシュタイン家が関わっていると明かす。ホームズは「それも存じておりました」とつぶやき、目を閉じて椅子に沈み込む。驚く客を前に、ホームズは目を開け、相手を「陛下」と呼ぶ。
  19. 19仮面を外す The Mask Comes Off正体を言い当てられた男は椅子から跳び上がって部屋を歩き回り、ついに仮面をむしり取って床に投げつける。自分こそ国王だと認める彼に、ホームズは話を聞く前から分かっていたと告げる。国王は、事が微妙すぎて代理人には任せられず、身分を隠してプラハから来たのだと語る。
  20. 20アイリーン・アドラー Irene Adler国王はついに事情を語りはじめる。五年ほど前、ワルシャワに長く滞在したとき、名高い妖婦アイリーン・アドラーと知り合ったという。ホームズは目を閉じたまま、ワトソンに自分の索引を引かせて彼女の経歴を読み上げ、国王が彼女に送った手紙を取り戻したがっていると言い当てる。
  21. 21手紙の真偽 The Letters国王は、若い頃にアイリーン・アドラーと関わり、危うい手紙を書いてしまったことを認める。ホームズは目を閉じたまま、秘密の結婚や法的な書類の有無を一つずつ問いただす。どちらも無いと聞くと、手紙だけで本物だと証明できるのかと疑問を投げかけ、筆跡など偽造で片づくと言い放つ。
  22. 22動かぬ証拠 The Photograph国王は手紙が本物である証として、専用の便箋や自分の印章を挙げる。だがホームズは、盗まれた、まねられたと言えば済むと一つずつ退ける。最後に国王が挙げたのは一枚の写真で、しかもそこには国王とアイリーン・アドラーが二人並んで写っているという。ホームズもさすがに、これはまずいと声を上げる。
  23. 23若き日の過ち A Youthful Folly二人で写った写真があると聞き、ホームズは国王の軽率さを指摘する。国王は、当時はまだ皇太子で若かったのだと弁解する。ホームズは写真を取り戻すしかないと言い、まずは買い取りを勧めるが、相手には売る気がないという。それならば盗み出すまでだと、ホームズはあっさり言ってのける。
  24. 24五度の失敗 Five Attempts国王はすでに五度も写真の奪還を試みていた。雇った者に家を荒らさせ、旅の荷物を横取りし、待ち伏せまでさせたが、写真は影も形もない。ホームズはこれをなかなか面白い問題だと笑い、国王にとがめられる。そこでホームズは、彼女がその写真で何をするつもりなのかを尋ねる。
  25. 25鋼の心の女 A Soul of Steelアイリーン・アドラーの狙いは国王を破滅させることだという。国王はスカンジナビア国王の王女との結婚を控えており、少しでも不行跡の疑いが立てば縁談は壊れてしまう。彼女は写真を王女の家へ送ると脅している。国王は、美貌と鋼の意志をあわせ持つ彼女なら必ず実行すると恐れている。
  26. 26猶予は三日 Three Days' Graceアイリーン・アドラーは、婚約が公に発表される日に写真を送ると言っているという。発表は次の月曜日で、残りはあと三日。ホームズはあくびまじりに、それなら好都合だと落ち着き払っている。国王はフォン・クラム伯爵の名でランガム・ホテルに泊まり、ホームズからの知らせを待つことになる。
  27. 27白紙委任 Carte Blanche話は費用のことに移る。国王は、あの写真のためなら王国の州を一つ差し出してもよいと言い、金の使い方をすべてホームズに任せる。そしてマントの下から重い革袋を取り出し、金貨と紙幣で合わせて千ポンドをテーブルに置く。ホームズは手帳の一枚に受取書を書きつけ、国王に手渡す。
  28. 28夜の別れ Good-nightホームズは最後にアイリーン・アドラーの住所を尋ね、セント・ジョンズ・ウッドのブライオニー荘だと聞いて書き留める。写真の大きさも確かめると、近いうちによい知らせを届けると約束して国王を見送る。王家の馬車が通りを遠ざかるなか、ホームズは明日の午後三時にまた来てほしいとワトソンに頼む。