Scene 59 · Notes

解説 場面 59「空の巣」

この場面の解説

アイリーンがイギリスを去ったと知り、ホームズはがく然とする。荒らされた客間に駆け込み、呼び鈴の引き紐の奥の隠し場所を開けると、彼女の写真と自分宛ての手紙が出てくる。

表現・文法のポイント

white with chagrin and surprise
white with 〜 は「〜で顔が青ざめて」。with が原因を表す。chagrin は「(失敗や期待外れの)悔しさ」というフランス語由来の語で、出し抜かれた悔しさと驚きで顔色を失っている。
Never to return.
be to 不定詞(予定・運命)から主語と be 動詞を省いた形で、「二度と戻らないことになっている」。She is never to return. と補うと分かりやすい。短く言い切ることで決定的な響きが出る。
as if the lady had hurriedly ransacked them
as if+過去完了で「まるで…したかのように」。ransack は「(物を探して)引っかき回す」。家具が散らかっているのは、急いで荷造りをした跡のように見えたのである。
To be left till called for.
手紙の表書きに使った決まり文句で、「受取人が取りに来るまで置いておくこと」の意味。ホームズが写真を探しに来ることを、彼女は最初から見越していたわけである。

背景・時代

Esq.
Esquire の略で、紳士の名前のあとに添える敬称。宛名では Mr. の代わりに Sherlock Holmes, Esq. のように書くのが改まった書き方だった。Mr. と Esq. を両方付けることはしない。
呼び鈴の引き紐
当時の屋敷では、部屋の壁から下がった紐を引くと使用人の部屋のベルが鳴る仕組みがあった。前夜の火事騒ぎで、ホームズはその引き紐のすぐ上に隠し場所があることを突き止めていた。

全文の対訳

"What!" Sherlock Holmes staggered back, white with chagrin and surprise. "Do you mean that she has left England?"

「なんですって!」シャーロック・ホームズは、悔しさと驚きで真っ青になり、よろめくように後ずさった。「つまり、あの方はイギリスを離れたということですか」

"Never to return."

「もうお戻りにはなりません」

"And the papers?" asked the King hoarsely. "All is lost."

「では、あの書類は?」と国王がかすれた声で尋ねた。「何もかもおしまいだ」

"We shall see." He pushed past the servant and rushed into the drawing-room, followed by the King and myself. The furniture was scattered about in every direction, with dismantled shelves and open drawers, as if the lady had hurriedly ransacked them before her flight. Holmes rushed at the bell-pull, tore back a small sliding shutter, and, plunging in his hand, pulled out a photograph and a letter. The photograph was of Irene Adler herself in evening dress, the letter was superscribed to "Sherlock Holmes, Esq. To be left till called for." My friend tore it open, and we all three read it together. It was dated at midnight of the preceding night and ran in this way:

「まだ分かりません」ホームズは召使いの女を押しのけて客間へ駆け込み、国王と私もそのあとに続いた。家具はあちこちに散らばり、棚は取り外され、引き出しは開いたままで、まるで女主人が逃げ出す前に大急ぎで中をかき回していったかのようだった。ホームズは呼び鈴の引き紐に飛びつき、小さな引き戸を引き開けると、中に手を突っ込んで、写真と手紙を一通取り出した。写真は夜会服を着たアイリーン・アドラー本人のもので、手紙の表書きは「シャーロック・ホームズ様お越しまで留め置きのこと」となっていた。わが友がそれを破って開き、私たち三人はそろって読んだ。日付は前夜の午前零時で、文面は次のとおりだった。

難易度の高い単語 (☆ で覚えたい単語に入れる)

  • chagrin(シャグリン)… 悔しさ・無念難
  • hoarsely(ホースリー)… かすれた声で・しわがれ声で難
  • drawing-room(ドローイングルーム)… 客間・応接間難
  • ransacked(ランサックト)… くまなく荒らした・物色した(ransack の過去形)難
  • bell-pull(ベルプル)… 呼び鈴の引き紐難
  • superscribed(スーパースクライブド)… 表書きされた・(上に)宛名を書かれた難
  • dismantled(ディスマントゥルド)… 取り外された・分解された
  • staggered(スタガード)… よろめいた・ふらついた

次の場面:置き手紙 The Letter

隠し場所から出てきたのは、アイリーン・アドラーがホームズに宛てて前夜の午前零時に書いた手紙だった。三人はそれをそろって読む。彼女はまず、ホームズの見事な芝居にすっかりだまされたことを素直に認める。そのうえで、火事騒ぎのあと何に気づき、自分がどのように動いたのかを語りはじめる。