Scene 10 · Notes

解説 場面 10「裏地と埃」

この場面の解説

ホームズは、裏地に残る短く切られた髪とライム・クリームのにおいから、持ち主の年齢や散髪のことを導く。埃の種類や湿り気の跡からは、暮らしぶりや体つきまで読み取る。妻の愛情が冷めたと考える理由も、帽子に何週間もブラシがかけられていないことから説明する。

表現・文法のポイント

are all to be gathered from
be to be + 過去分詞 は「〜されうる」という可能を表す。gather はここで「(手がかりから)推し量る、読み取る」の意味。集めるという基本の意味から、情報を拾い集めて結論を出す、という意味に広がっている。
proof positive
「確かな証拠、動かぬ証拠」。形容詞 positive が名詞のあとに置かれた古い言い方で、法律の言葉から来ている。ホームズが自分の読みに強い確信を持っていることを示す。
hardly be in the best of training
hardly は「ほとんど〜ない」で、否定に近い意味。in training は「体を鍛えて調子を整えている状態」。「とても体が鍛えられているとは言えない」と、運動不足であることを遠回しに言っている。
a peace-offering
「仲直りのしるし(の贈り物)」。もとは和解のために神にささげる供え物を指した。妻との仲がこじれているから、ガチョウを手みやげに機嫌をとろうとしていた、とホームズは読む。

背景・時代

ライム・クリーム(lime-cream)
ライムの香りをつけた整髪料で、髪をなでつけて整えるのに使われた。ホームズは、裏地に残る髪の切れ端がべたつき、そのにおいがすることから、持ち主がこれを使っていると見抜く。

全文の対訳

"The further points, that he is middle-aged, that his hair is grizzled, that it has been recently cut, and that he uses lime-cream, are all to be gathered from a close examination of the lower part of the lining. The lens discloses a large number of hair-ends, clean cut by the scissors of the barber. They all appear to be adhesive, and there is a distinct odour of lime-cream. This dust, you will observe, is not the gritty, grey dust of the street but the fluffy brown dust of the house, showing that it has been hung up indoors most of the time, while the marks of moisture upon the inside are proof positive that the wearer perspired very freely, and could therefore, hardly be in the best of training."

「ほかの点、つまり中年であること、髪が白髪まじりであること、最近散髪したこと、ライム・クリームを使っていることは、どれも裏地の下のほうをよく調べれば読み取れる。レンズで見ると、床屋のはさみできれいに切られた髪の切れ端がたくさんある。どれもべたついているようだし、ライム・クリームのにおいがはっきりする。この埃は、見れば分かるとおり、通りのざらざらした灰色の埃ではなく、家の中のふわふわした茶色の埃で、帽子がたいてい屋内に掛けてあったことを示しているし、内側の湿り気の跡は、かぶっていた男がひどく汗をかいた確かな証拠で、したがって体がよく鍛えられているとはとても言えないのだ」

"But his wife—you said that she had ceased to love him."

「でも、奥さんのことは——奥さんの愛情が冷めた、ときみは言ったね」

"This hat has not been brushed for weeks. When I see you, my dear Watson, with a week's accumulation of dust upon your hat, and when your wife allows you to go out in such a state, I shall fear that you also have been unfortunate enough to lose your wife's affection."

「この帽子は何週間もブラシをかけられていない。ねえワトソン、もしきみが帽子に一週間分の埃をためていて、奥さんがそんな格好のままきみを外へ出すようになったら、きみもまた不幸にして奥さんの愛情を失ったのではないかと、私は心配になるだろうね」

"But he might be a bachelor."

「でも、独身かもしれないじゃないか」

"Nay, he was bringing home the goose as a peace-offering to his wife. Remember the card upon the bird's leg."

「いや、彼はあのガチョウを、奥さんへの仲直りのしるしとして家へ持ち帰るところだったのだ。鳥の脚についていた札を思い出したまえ」

難易度の高い単語 (☆ で覚えたい単語に入れる)

  • grizzled(グリズルド)… 白髪まじりの難
  • lime-cream(ライムクリーム)… ライムクリーム(ライムの香りの整髪料)難
  • discloses(ディスクロウズィズ)… 明らかにする・あらわにする(disclose の三人称単数)難
  • hair-ends(ヘアエンズ)… 髪の毛の切れ端・毛先難
  • adhesive(アドヒースィヴ)… べたつく・くっつきやすい・接着剤難
  • gritty(グリッティー)… じゃりじゃりした・砂粒の混じった難
  • wearer(ウェアラー)… 身につけている人・着用者難
  • perspired(パースパイアド)… 汗をかいた(perspire の過去形)難
  • accumulation(アキューミュレイション)… たまったもの・蓄積難
  • nay(ネイ)… いや・いやむしろ(古風)難
  • peace-offering(ピースオファリング)… 仲直りのしるし(の贈り物)難

次の場面:ろうそくの染み Tallow Stains

ホームズは帽子の裏地や埃から、持ち主の年齢や暮らしぶり、妻の愛情が冷めたことまでを説明してみせた。何にでも答えがあると感心しながら、ワトソンは残った最後の一つ、持ち主の家にはガスが引かれていないという推理の根拠を問いただす。