Scene 04 · Notes

解説 場面 4「恐怖に震えて」

この場面の解説

女性は、震えているのは寒さではなく恐怖のせいだと答える。ヴェールを上げると、三十歳ほどなのに、やつれて髪には白髪が混じり、追われる獣のような目をしていた。ホームズはなだめながら彼女を見渡し、左手の手袋の切符から列車で来たこと、早く出てドッグカートに乗ったことを言い当てる。

表現・文法のポイント

It is not cold which makes me shiver
It is 〜 which ... は「…なのは〜だ」の強調構文。ふつうは that を使うが、古い文章では which も見られる。cold は名詞で「寒さ」。震えの原因は寒さではなく別にある、と含みを持たせた返事だ。
her hair was shot with premature grey
be shot with 〜 は「〜が筋状に入り混じっている」。髪に白髪がちらほら混じるさまを言う。premature は「時期より早い」で、三十歳の女性にしては早すぎる白髪だ、という意味になる。
ran her over with one of his quick, all-comprehensive glances
run 〜 over with a glance は「ざっと眺め渡す」。all-comprehensive は「すべてを含む」で、素早いのに隅々まで見て取るホームズ特有の視線を表す。one of his 〜 で「例のあの」という含みも出る。
We shall soon set matters right
set 〜 right は「〜を正す、直す」。shall は主語が I・we のときの古風な未来の言い方で、約束や保証のニュアンスがある。soon を添えて、依頼人を安心させる落ち着いた口調だ。

背景・時代

ドッグカート(dog-cart)
背の高い二輪の軽装馬車。もとは猟犬を後ろの箱に入れて運んだのでこの名がある。田舎の駅までの道でよく使われ、ぬかるんだ道では車輪から泥がはね上がりやすかった。
往復切符(return ticket)
行きと帰りをまとめて買う鉄道の切符。使い終えた行きの分を渡し、後半分の帰りの券だけを手に持っていたことが、ホームズが彼女は列車で来たと見抜く手がかりになった。

全文の対訳

"It is not cold which makes me shiver," said the woman in a low voice, changing her seat as requested.

「私を震わせているのは寒さではありません」と女性は、頼まれたとおり席を移しながら、低い声で言った。

"What, then?"

「では何が?」

"It is fear, Mr. Holmes. It is terror." She raised her veil as she spoke, and we could see that she was indeed in a pitiable state of agitation, her face all drawn and grey, with restless frightened eyes, like those of some hunted animal. Her features and figure were those of a woman of thirty, but her hair was shot with premature grey, and her expression was weary and haggard. Sherlock Holmes ran her over with one of his quick, all-comprehensive glances.

「恐怖です、ホームズさん。恐ろしいのです」そう言いながら彼女がヴェールを上げると、たしかに痛ましいほど取り乱していることが私たちにも分かった。顔はやつれて灰色を帯び、目は落ち着きなく怯え、追い詰められた獣のそれのようだった。顔立ちも体つきも三十歳の女性のものだったが、髪には早すぎる白髪が混じり、表情は疲れきってやつれていた。シャーロック・ホームズは、素早く何もかも見て取る例の視線で、彼女をざっと眺め渡した。

"You must not fear," said he soothingly, bending forward and patting her forearm. "We shall soon set matters right, I have no doubt. You have come in by train this morning, I see."

「恐れることはありませんよ」と彼はなだめるように言い、身を乗り出して彼女の前腕を軽くたたいた。「すぐに事態を正してみせますよ、間違いなく。今朝は列車でいらっしゃったようですね」

"You know me, then?"

「では、私をご存じなのですか?」

"No, but I observe the second half of a return ticket in the palm of your left glove. You must have started early, and yet you had a good drive in a dog-cart, along heavy roads, before you reached the station."

「いいえ。ただ、あなたの左手の手袋のてのひらに、往復切符の後半分が見えるのですよ。早くに出発なさったはずで、しかも駅に着くまでに、ぬかるんだ道をドッグカートでかなり長く走ってこられたのでしょう」

難易度の高い単語 (☆ で覚えたい単語に入れる)

  • pitiable(ピティアブル)… 哀れな・痛ましい難
  • hunted(ハンティッド)… 追われた・狩られた難
  • haggard(ハガード)… やつれた・憔悴した難
  • all-comprehensive(オールコンプリヘンスィヴ)… すべてを包み込む・全般的な難
  • soothingly(スーズィングリー)… なだめるように・優しく難
  • forearm(フォーアーム)… 前腕(ひじから手首まで)難
  • dog-cart(ドッグカート)… ドッグカート(背の高い二輪の軽装馬車)難
  • frightened(フライテンド)… おびえた

次の場面:助けを求めて A Plea for Help

ホームズに言い当てられて、女性はぎくりと身をすくめる。ホームズは、上着の左袖に跳ねた泥から、ドッグカートの左側に座ったことまで説明してみせる。女性は、もう緊張に耐えられないと訴え、以前ホームズに助けられたファリントッシュ夫人の紹介で来たのだと語る。