Scene 29 · Notes

解説 場面 29「母の遺言」

この場面の解説

ホームズは遺言書を調べ、投資の値下がりで総収入が千百ポンドから七百五十ポンドに減ったこと、娘が結婚すると一人につき二百五十ポンドが出ることを明かす。博士には娘の結婚を妨げる強い動機があると結論し、リボルバーを持ってウォータールー駅へ向かうようワトソンに頼む。

表現・文法のポイント

little short of £ 1,100
little short of ~ は「~にわずかに足りない」で、ほぼ 1,100 ポンドあったことを表す。little を使うと、否定に近い「ほとんど~」の意味合いになる。
this beauty would have had a mere pittance
this beauty は皮肉で、「このご立派な男」と博士を指す。would have had は仮定法過去完了の帰結で、条件は同じ文の if both girls had married(娘が二人とも結婚していたら)。pittance は「わずかな金」。
this is too serious for dawdling
too ~ for ... は「...するには~すぎる」。dawdling は「ぐずぐずすること」。for のあとに動名詞を置いて、「ぐずぐずしていられない」とホームズが急ぎをうながす。
An Eley's No. 2 is an excellent argument
argument は「口論」ではなく「論拠、説得材料」の意。拳銃を「説得力のある論拠」と呼ぶ、ホームズらしい冗談だ。相手は鋼鉄の棒を曲げる男、という皮肉もこもる。

背景・時代

ポンドと年収(£)
当時の英国では、年に数百ポンドの収入があれば中流の暮らしができた。博士は娘たちの母が残した年収千百ポンドに頼っており、それが減れば暮らしに響くことになる。

全文の対訳

"I have seen the will of the deceased wife," said he. "To determine its exact meaning I have been obliged to work out the present prices of the investments with which it is concerned. The total income, which at the time of the wife's death was little short of £ 1,100, is now, through the fall in agricultural prices, not more than £ 750. Each daughter can claim an income of £ 250, in case of marriage. It is evident, therefore, that if both girls had married, this beauty would have had a mere pittance, while even one of them would cripple him to a very serious extent. My morning's work has not been wasted, since it has proved that he has the very strongest motives for standing in the way of anything of the sort. And now, Watson, this is too serious for dawdling, especially as the old man is aware that we are interesting ourselves in his affairs; so if you are ready, we shall call a cab and drive to Waterloo. I should be very much obliged if you would slip your revolver into your pocket. An Eley's No. 2 is an excellent argument with gentlemen who can twist steel pokers into knots. That and a tooth-brush are, I think, all that we need."

「亡くなった妻の遺言書を見てきた」と彼は言った。「その正確な意味を確かめるため、遺言が関わる投資の現在の値を、計算し直さねばならなかった。総収入は、妻が亡くなった当時は千百ポンドにわずかに足りない程度だったが、農産物価格の下落で、今では七百五十ポンドを超えない。娘はそれぞれ、結婚すれば二百五十ポンドの収入を請求できる。つまり、二人とも結婚すればこのご立派な男にはわずかな端金しか残らず、一人が結婚しただけでも、彼は深刻な痛手を受けるわけだ。今朝の仕事は無駄ではなかった。彼がその手のことを妨げるのに、きわめて強い動機があると分かったのだから。さてワトソン、事は深刻でぐずぐずしてはいられない。老人が私たちの動きに気づいているのだから、なおさらだ。支度ができたら、辻馬車を呼んでウォータールー駅へ向かおう。きみのリボルバーをポケットに忍ばせてくれると、たいへんありがたい。イーリーの 2 番は、鋼鉄の火かき棒を結び目にねじれる紳士を相手にするなら、実に説得力のある論拠だ。それと歯ブラシがあれば、必要なものはそれで全部だと思う」

難易度の高い単語 (☆ で覚えたい単語に入れる)

  • deceased(ディスィースト)… 亡くなった・故人の難
  • pittance(ピタンス)… わずかな金・雀の涙ほどの額難
  • cripple(クリプル)… 痛手を与える・不自由にする・足の不自由な人難
  • dawdling(ドードリング)… ぐずぐずすること・のろのろすること難
  • agricultural(アグリカルチャラル)… 農業の・農夫風の・農耕の
  • investments(インヴェストメンツ)… 投資・投資したもの・出資金
  • determine(ディターミン)… 確かめる・決定する・突き止める
  • concerned(コンサーンド)… 関係している(as far as 〜 is concerned で〜に関する限り)・心配して

次の場面:ストーク・モランへ To Stoke Moran

二人はウォータールー駅から汽車に乗り、レザーヘッドで馬車を借りて、サリー州の田舎道を走る。春の陽気のなか、ホームズは腕を組んで考え込んでいた。が、ふいにワトソンの肩をたたき、野の向こうを指さす。辺りには、春の気配が満ちている。