Scene 25 · Notes

解説 場面 25「凍てつく夜の街へ」

この場面の解説

ベイカーが帰ると、ホームズは、彼がこの件について何も知らないのは確かだと言い、夕食を夜食に回して手がかりを追おうとワトソンを誘う。二人は外套を着込み、星の冷たく輝く夜の街を歩いてオックスフォード街を抜け、ブルームズベリーのアルファ亭に着く。ホームズは主人にビールを二杯注文する。

表現・文法のポイント

So much for Mr. Henry Baker
So much for 〜 は「〜のことはこれでおしまい」。一つの話題を片づけて次へ移るときの決まり文句だ。ホームズはベイカーの件をここで区切り、すぐに新しい手がかりの追跡へと気持ちを切り替えている。
turn our dinner into a supper
turn A into B は「AをBに変える」。dinner は一日の主な食事、supper は夜遅くにとる軽めの食事。夕食の時間を後回しにして夜食にしよう、つまり食事より調べを先にしよう、という洒落た言い方だ。
while it is still hot
hot はここで「熱い」ではなく、手がかりが新しく、においが残っている状態。猟犬が獲物の新しい跡を追うイメージで、日本語の「鉄は熱いうちに打て」と同じく、時機を逃すなという気持ちが込められている。
like so many pistol shots
so many 〜 は「同じ数だけの〜」で、like so many 〜 は「まるでたくさんの〜のように」。冷たい空気の中で人々の白い息がぱっと噴き出す様子を、ピストルを撃ったときに上がる煙にたとえている。

背景・時代

アルスター外套(ulster)
アイルランド北部のアルスター地方の名がついた、丈の長い厚手の外套。ベルトの付いたものが多く、冬の外出や旅行に着られた。ホームズとワトソンは寒さに備えてこれを着込んでいる。
パブの特別室(private bar)
public-house は酒場のことで、略して pub。中はいくつかの部屋に仕切られていることが多く、private bar は少し落ち着いた客向けの部屋だった。ホームズはそこへ入ってビールを頼んでいる。

全文の対訳

"So much for Mr. Henry Baker," said Holmes when he had closed the door behind him. "It is quite certain that he knows nothing whatever about the matter. Are you hungry, Watson?"

「ヘンリー・ベイカー氏のほうは、これでよし」と、客が出ていってドアが閉まると、ホームズは言った。「あの男がこの件について何ひとつ知らないことは、まず間違いない。腹は減っているかね、ワトソン」

"Not particularly."

「いや、それほどでも」

"Then I suggest that we turn our dinner into a supper and follow up this clue while it is still hot."

「では、夕食を夜食に回して、この手がかりが熱いうちに追ってみようじゃないか」

"By all means."

「ぜひそうしよう」

It was a bitter night, so we drew on our ulsters and wrapped cravats about our throats. Outside, the stars were shining coldly in a cloudless sky, and the breath of the passers-by blew out into smoke like so many pistol shots. Our footfalls rang out crisply and loudly as we swung through the doctors' quarter, Wimpole Street, Harley Street, and so through Wigmore Street into Oxford Street. In a quarter of an hour we were in Bloomsbury at the Alpha Inn, which is a small public-house at the corner of one of the streets which runs down into Holborn. Holmes pushed open the door of the private bar and ordered two glasses of beer from the ruddy-faced, white-aproned landlord.

身を切るように寒い夜だったので、私たちはアルスター外套を着込み、首にはクラヴァットを巻きつけた。外では、雲ひとつない空に星が冷たく輝き、道行く人々の吐く息は、ピストルを次々に撃ったときの煙のように白く噴き出していた。医者の多い界隈、ウィンポール街、ハーリー街を足早に抜け、さらにウィグモア街を通ってオックスフォード街へ出るあいだ、私たちの足音はさえた響きを高らかに立てていた。十五分後、私たちはブルームズベリーのアルファ亭にいた。ホウボーンへと下っていく通りの一つの角にある、小さな酒場である。ホームズは特別室のドアを押し開け、赤ら顔で白いエプロンをつけた主人に、ビールを二杯注文した。

難易度の高い単語 (☆ で覚えたい単語に入れる)

  • ulsters(アルスターズ)… アルスター外套(ulster の複数形。丈の長い厚手の外套)難
  • cravats(クラヴァッツ)… クラヴァット・首巻き(cravat の複数形)難
  • footfalls(フットフォールズ)… 足音(footfall の複数形)難
  • crisply(クリスプリー)… (音が)さえて・きびきびと難
  • public-house(パブリックハウス)… 酒場・パブ難
  • ruddy-faced(ラディーフェイスト)… 赤ら顔の難
  • white-aproned(ワイトエイプロンド)… 白いエプロンをつけた難
  • particularly(パティキュラリー)… とりわけ

次の場面:アルファ亭 The Alpha Inn

霜の降りた夜道を歩いて、ホームズとワトソンはブルームズベリーの小さな酒場、アルファ亭に着く。ホームズは赤ら顔の主人にビールを二杯注文すると、さりげなくガチョウの話を切り出す。ヘンリー・ベイカーたちのガチョウ積立会を開いたのは、この店の主人である。