第 2 章(II)煙の合図A Scandal in Bohemia

翌日の午後、ワトソンはベイカー街でホームズの帰りを待つ。朝から出かけていたホームズは、変装して写真の持ち主の屋敷を探っていた。ところが思いがけない出来事で計画が狂い、夕方、ホームズはワトソンに奇妙な役目を頼む。

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  1. 29帰りを待つ Waiting for Holmes翌日の午後三時、約束どおりベイカー街を訪ねたワトソン。だがホームズは朝八時過ぎに出かけたきり、まだ戻っていない。ワトソンは暖炉のそばに腰を下ろして帰りを待ちながら、今度の依頼の特異さと、友人の見事な推理の手並みに思いをめぐらせる。
  2. 30酔いどれ馬丁 The Drunken Groom四時近く、部屋に入ってきたのは酔っ払いのような身なりの馬丁だった。ワトソンが三度見直してようやく気づくほど見事な、ホームズの変装である。着替えて戻ったホームズは椅子の上で笑いころげ、午前中に何をしていたか当ててみろとワトソンに言う。
  3. 31ブライオニー荘 Briony Lodgeホームズは午前中の出来事を語りはじめる。職にあぶれた馬丁に化けて出かけた彼は、ブライオニー荘を見つけ、その造りを外から細かく調べ上げた。さらに近くの厩舎で馬の手入れを手伝い、その礼に、アドラー嬢についての話をたっぷり聞き出したという。
  4. 32厩舎のうわさ Gossip of the Mewsアイリーン・アドラーとはどんな女性なのか。厩舎の男たちの評判では、彼女は近所の男なら誰もが夢中になる美人で、静かに暮らし、決まった時刻に馬車で出かけるという。そんな彼女のもとを毎日のように訪ねる男性客がただ一人いる。ゴドフリー・ノートンという男だ。
  5. 33弁護士の影 The Lawyer毎日のように訪ねてくるゴドフリー・ノートンは弁護士だった。アドラー嬢は彼の依頼人なのか、友人なのか、それとも愛人なのか。その答えしだいで、写真のありかの見当も変わってくる。ホームズはブライオニー荘の近くで、どちらに調べを向けるべきか考えあぐねる。
  6. 34急ぐ紳士 The Hurried Gentlemanホームズが思案していると、一台の辻馬車がブライオニー荘に着き、浅黒い美男子が飛び降りる。噂の男に違いない。三十分ほど屋内で興奮気味に話したあと、彼はいっそう慌てた様子で出てくると、時計を見ながら、リージェント街と聖モニカ教会へ大急ぎで向かえと御者に命じる。
  7. 35教会へ急げ To St. Monica's紳士の馬車が走り去った直後、今度は小型の四輪馬車が着き、美しい女性が家から飛び出して乗り込む。彼女もまた聖モニカ教会へ急ぐよう命じた。ホームズは通りかかった辻馬車に飛び乗り、後を追う。時刻は十二時二十五分前。何が起ころうとしているのか、ホームズには察しがついていた。
  8. 36教会へ At the Church馬丁に変装したホームズの語りは続く。辻馬車を急がせて聖モニカ教会に着くと、二台の馬車はすでに入口に止まっている。中では二人が白い法衣の牧師と祭壇の前で何やら言い合っている。暇人を装って側廊を進むホームズに、突然ゴドフリー・ノートンが駆け寄ってくる。
  9. 37思わぬ立会人 The Unexpected Witness祭壇の前へ引っ張られたホームズは、わけもわからぬまま誓いの言葉を繰り返し、アイリーン・アドラーとゴドフリー・ノートンの結婚の立会人を務めることになる。礼にもらった金貨を記念に時計の鎖につけるつもりだと笑うホームズに、ワトソンはその先を尋ねる。
  10. 38教会の前で Parting at the Church結婚したばかりの二人がすぐにも旅立つのではと、ホームズの計画は危うくなる。だが二人は教会の前で別れ、彼女はいつものように五時に公園へ出かけると言い残す。語り終えたホームズは冷たい牛肉とビールを頼み、今夜はワトソンの協力が要ると切り出す。
  11. 39協力の約束 A Willing Accomplice法を破り、逮捕されるおそれがあってもかまわないかと念を押すホームズに、ワトソンは正しい目的のためならと迷わず応じる。下宿のおかみが運んできた食事をとりながら、ホームズは段取りを話しはじめる。七時に戻るアイリーンを、ブライオニー荘で迎えるのだという。
  12. 40ただ一つの条件 One Condition何が起きるかはもう手配してあると言うホームズは、ワトソンにひとつだけ固く約束させる。何があっても手出しをしないこと。ちょっとした騒ぎのあと、ホームズは家の中へ運び込まれる手はずで、その数分後に居間の窓が開く。ワトソンはその窓のそばに陣取るよう言い渡される。
  13. 41発煙筒 The Smoke-Rocket窓辺のワトソンの役目は、ホームズが手を挙げたら渡された物を部屋に投げ込み、同時に「火事だ」と叫ぶことだ。ホームズがポケットから取り出したのは、葉巻の形をした配管工用の発煙筒。叫べば大勢が声を合わせるはずだから、そのあとは通りの端で待てばよいという。
  14. 42牧師への変装 The Clergymanワトソンは自分の役目を一つずつ復唱し、すっかり任せてくれと請け合う。ホームズは新しい役の支度をすると言って寝室に消え、数分後、人のよい素朴な牧師になりきって現れる。変わったのは衣装だけではない。表情も物腰も別人のようで、ワトソンはその見事さに舌を巻く。
  15. 43夕暮れの通り Dusk on Serpentine Avenue六時十五分にベイカー街を出た牧師姿のホームズとワトソンは、七時前にサーペンタイン通りに着く。あたりはもう暮れかけ、街灯がともりはじめている。ブライオニー荘の前を行き来しながら女主人の帰りを待つが、静かなはずの小さな通りは、思いのほか大勢の人でにぎわっている。
  16. 44写真のありか Where Is the Photograph?家の前を行き来しながら、ホームズは言う。結婚したいま、写真はアイリーン・アドラーにとっても諸刃の剣になったのだと。では写真はどこにあるのか。キャビネ判の写真は服に隠すには大きすぎ、国王の手の者に待ち伏せされたこともすでに二度ある。持ち歩いてはいないはずだと彼は見る。
  17. 45隠し場所 The Hiding Place写真は銀行家か弁護士に預けてあるのか。ホームズはどちらでもないと見る。女性は秘密を自分の手で守りたがるものだし、数日のうちに使うつもりなら、すぐ手の届く自宅に置いているはずだという。家は二度も泥棒に入られたとワトソンが言うと、ホームズは探し方を知らなかっただけだと一蹴する。
  18. 46馬車の音 The Sound of Wheelsでは、どうやって探すつもりなのかとワトソンは尋ねる。ホームズは、探しはしない、彼女自身に見せてもらうのだと答える。断られるだろうと言っても、断れはしないと落ち着いたものだ。そのとき車輪の響きが聞こえてくる。彼女の馬車だ。ホームズはワトソンに、指示を一字一句たがえずに実行するよう念を押す。
  19. 47路上の乱闘 The Street Brawl小型の四輪馬車がブライオニー荘の前に止まる。扉を開けようと駆け寄った浮浪者どうしがけんかを始め、近衛兵や研ぎ屋も加わって、馬車を降りた婦人は乱闘のただ中に取り残される。かばおうと飛び込んだホームズは叫び声をあげて倒れ、顔から血を流す。アイリーン・アドラーは石段の上から通りを振り返る。
  20. 48運び込まれる男 Carried Inside倒れた紳士のけがはひどいのかと、アイリーン・アドラーが尋ねる。死んでいると叫ぶ者もいれば、まだ息があると言う者もいる。ある女は、この人がいなければ奥様は財布も時計も奪われていたと言う。通りに寝かせてはおけないと人々が言うと、彼女はすぐさま居間のソファへ運び入れるよう案内する。
  21. 49窓辺の決意 Resolve at the Window運び込まれたホームズは主室のソファに横たえられ、ワトソンは窓のそばの持ち場からその様子を見守る。けが人をかいがいしく介抱する美しい女性を目にして、彼は心から自分を恥じる。それでも、ホームズに託された役目をいまさら投げ出すわけにはいかない。ワトソンは心を鬼にして、外套の下から発煙筒を取り出す。
  22. 50火事だ! The Cry of Fireブライオニー荘の居間で、ソファに寝かされた牧師姿のホームズが身を起こし、空気を求める仕草をする。女中が窓を開け放つと、合図を受けたワトソンは発煙筒を投げ込んで「火事だ!」と叫ぶ。群衆の叫びと煙のなか、ホームズは誤報だと皆をなだめ、やがてワトソンと落ち合って静かな通りへ歩き出す。
  23. 51上々の首尾 Nicely Done騒ぎの場を離れ、静かな通りを歩きながら、ホームズはワトソンの働きをねぎらう。写真はもう手に入れたのかと問うワトソンに、ホームズはありかが分かったとだけ答える。まだ事情がのみ込めないワトソンに向けて、彼は笑いながら今夜の仕掛けを順に明かしはじめる。
  24. 52赤い絵の具 The Red Paint静かな通りを歩きながら、ホームズの種明かしは続く。騒ぎのさなか、手のひらに仕込んだ赤い絵の具で顔を汚し、けが人を装ったこと。運び込まれた居間こそ、目星をつけていた部屋だったこと。窓を開けさせたのは、ワトソンへの合図のためだったこと。ワトソンは、それが何の役に立ったのかと尋ねる。
  25. 53火事の効用 The Use of Fire火事の騒ぎが何の役に立ったのかと問うワトソンに、ホームズは種を明かす。家が火事だと思った女性は、とっさに最も大切な物へ駆け寄るものだ。狙いどおり彼女は隠し場所へ走り、ホームズはその場所を見届けた。だが御者に見張られていたため、その場で写真を取るのは控えたのだという。
  26. 54明朝八時 Eight in the Morningこれからどうするのかと尋ねるワトソンに、ホームズは探索はほぼ終わったと答える。明日、国王とともにブライオニー荘を訪ね、居間で彼女を待つあいだに写真を取り戻すつもりだという。訪問は朝の八時。結婚で彼女の暮らしが変わる前に動かねばならず、ホームズは国王への電報を急ぐ。
  27. 55夜の挨拶 Good-night種明かしを聞き終えたワトソンは、ホームズとともにベイカー街の下宿へ帰り着く。戸口でホームズが鍵を探していると、通りがかった誰かが彼の名を呼んで夜の挨拶をしていく。声の主は、アルスター外套を着て足早に去った、ほっそりした若者らしい。ホームズは薄暗い通りの先を見つめ、首をかしげる。